マティーニを。ウォッカでなく、勿論ジンで……。- Kingsman The Seacret Service –
こんにちは。
鈴木(晴)です。
今回は久しぶりに映画紹介です。
とはいっても最近新しい映画は見ておらず、タイトルのKingsmanを見返していました。
以前、ハリー・ハート(コリン・ファース)の紹介はしたのですが、主人公のゲイリー・エグジー・アンウィン(タロン・エガートン)の紹介はしていなかったので取り上げてみようと思います。
(引用:https://www.imdb.com/title/tt2802144/)
Kingsmanとは
2015年に公開された映画で、イギリスとの仕立て屋街サヴィル・ロウの”キングスマン”というテーラーを隠れ蓑に暗躍するスパイ映画です。
実在する「Huntsman & Sons」というテーラーがモデルになっており、実際に一部が撮影で使われています。
ハウススタイル
仕立て屋にはそれぞれハウススタイルと呼ばれるその店特有の個性や得意なデザインがあります。
Huntsmanのハウススタイルは
・高いアームホール
・高いウエストライン
・ロングスカート
・反りあがっていないナチュラルな肩のライン
・がっしりと盛り上がったビルドアップショルダー
出典:https://www.woolmark.jp/fashion/suiting/on-the-row-huntsman/
乗馬や狩猟服を得意としていたところから、動きやすくそれでいて男らしいシルエットを求めた形です。
スーツとして変わったデザインや形で個性が出ているわけではないので最高級のベーシックと言われることもあるとか。
そんな特徴はKingsmanでも引き継がれています。
下記の写真が今回紹介するエグジーのスーツ姿です。
(引用:https://www.imdb.com/title/tt2802144/)
まずは一番の特徴であるダブルブレストです。
ダブルブレストは堅実さと軍由来の強さを見せてくれます。
また、ピークドラペルはそこまで主張しない幅となっています。
後述しますが、彼のスーツをプロデュースした(と思われる)ハリー・ハートはベリードラペルという弧を描くスタイルです。
これは1970年代にイタリアで流行したデザインで、ビルドアップショルダーと共に用いられていてエレガントさが際立つデザインです。
以前のブログでも紹介しましたが、ハリーは割とモダンなダブルブレストを着ていて、本切羽やベリードラペルなど英国由来ということにそこまでこだわりが無いように思えます。
エグジーはまだ年齢が若いため、エレガントさよりもシャープな雰囲気にしたかったのかもしれません。
話を戻しますが、袖釦は4つで重ねず並べた標準。
本切羽かどうかはこの作品内ではわかりませんでしたが、次回作「ゴールデン・サークル」のシーンで仮切羽であるのが確認できました。
ただし、釦ホールはよくあるステッチではなく本物と同じようにかがってあります。
切羽についてはこちら→ジャケットの話 本切羽(本開き)編
腰ポケットは平行でフタ有り、チェンジポケットはなし。
平行とはいっても見栄えがいいようにわかるかわからないか程度の傾斜がかかっています。
ベントはダブルなのでサイドベンツになっています。
ただし、ディープサイドベンツと呼ばれる通常よりも深い切れ込みです。
通常は腰ポケットと同じくらいの高さまでなのですが、Kingsmanのスーツはさらに2,3cm深くなっています。
シャツが見えやすくなる半面、動きやすくてよく靡くため優雅な雰囲気を醸し出します。
続いてトラウザーズですが、まずタックは入っていません。
しかし、日本で売られているような股上の浅いノータックではなくしっかりと腰骨の上で履くノータックです。
股上についてはこちら→トラウザーズの話 股上編
当然ベルトレスで映像を見る限りVスリットも入っていました。
裾口はシングル仕上げ。
シャツはTurnbull & Asserです。
襟はT&Aカラーという一番美しいとされる襟型ですが、形としてはセミワイドが近いです。
前立ては表前立てでステッチ幅の広いレールステッチです。
ダブルカフス仕様ですが、釦ホール位置が通常よりもやや前(袖口側)についています。
こうすることで袖口からカフリンクスが見えやすくなります。
バックスタイルは確認できませんでした。
メタ的な視点で映画によって全体の雰囲気やスタイルを統一しているのなら第一作目はサイドタック、二作目は背ダーツになっていると思います。
シューツはもちろんオックスフォードです。
二作目ではたまにバンチドキャップトゥを履いています。
ブランドでいうとジョージ・クレバリーです。
チゼル・トゥというつま先がやや角ばった形でイタリアの靴のように細長くとがっていないのが特徴です。
イギリスの靴は横幅が比較的広めに作られているので日本人の足型とも相性がいいです。
靴のデザインについてはこちら→靴の話 レースアップシューズ編
胸ポケットにはリネンのチーフをTVフォールドで入れてあります。
どんなジーンでも通用する万能な折り方です。
デザインは以上です。
あっさりと終りましたが、それだけ目立つ特色がなく標準的なデザインだということです。
続いてサイズです。
まずエグジーは第一作、第二作目に登場していますが、それぞれでサイズ感が若干違います。
二作目のゴールデン・サークルでは一作目よりもタイトなサイズ感になっています。
おそらくですが一作目ではハリーがスーツの仕立てに携わったこと、ビスポークが初めてだったこともありそこまでサイズに対して好みを出せなかったというのがあるかと思います。
二作目は1年後の設定なので、任務やスーツに慣れてきて好きなサイズ感にシフトしていったのだと予想します。
ただ私服はストリート系の緩いスタイルなので、スパイの任務で採寸時より筋肉がついて体が大きくなったがサイズの調整前だったかメタ的にいうと俳優の好みといったところでしょうか。
ちなみにハリーが仕立てに携わったのですが、どこに関わったのかは描かれていません。
エグジーにスーツが渡されるとき吹き替えでは「君のためにハリーが作ってくれた(字幕)」とあります。
ハリーが直接縫製したというよりは仮縫いや生地選択に立ち合い、資金を出したというような意味合いでしょう。
と作中の事情を予想してみました。
個人的には1作目のサイズ感が好きなので、こちらでご紹介しました。
スパイとしての制服ですので、動きやすさとシルエットを両立させるサイズ感です。
ウエスト部分に若干の皺が入っていますが、ダブルは構造的にウエスト釦に負担がかかりやすいので、どうしても若干皺が付いてしまいます。
なのでウエストがタイトということではありません。
袖丈は現在のトレンドとほぼ同じか5mmほど長いくらいです。
ここは時代はほとんど反映しない部分なので当たりませですが、シャツの袖はやや長めになっています。
ダブルカフスはカフリンクスを見せるためにやや長めにシャツを見せる方もいます。
映画本編では1cm程度しかシャツが出ていなかったので、上記のプロモーション撮影から本編の撮影までで修正があったのでしょう。
着丈は実はハリーよりもやや長めです。
ちょうど総丈の半分の長さくらいで教科書通りの長さです。
そして意外にもトラウザーズの丈は結構長めです。
ワンクッションかそれ以上です。
靴へのかかり方を見る限り、裾口はワンクッションと同じくらいの幅です。
シルエットはストレートですが、筋肉があるのかハリーよりもやや太めです。
基本的にクラシックスタイルと呼ばれる基本のサイズ感を忠実に守ったスーツです。
まさにHuntsmanのハウススタイルである最高級のベーシックです。
クラシックスタイルについてはこちら→オーダースーツの意義 -クラシックスタイル-
ちなみにタイトルのマティーニの下りは作中でエグジーがマティーニを頼んだ際のセリフです。
「マティーニを。ウォッカでなく、勿論ジンで……。封の切っていないヴェルモットを横目でチラ見しながら10秒ステア。よろしく。」
このように注文をしています。
これは007とチャーチルを意識したものとなっています。
スパイとマティーニという二つは007で一風変わったレシピでかなり強烈な印象を与えているかと思います。
バーで同じレシピで頼んだことがある人もいるでしょう。
まずマティーニはドライジンとヴェルモットをステア(材料と氷ミキシング・グラスに入れてバー・スプーンで手早くかき混ぜる)するのが基本的な作り方です。
オリーブの有無など店によって差はあるものの、このジン・ヴェルモットを崩すことはありません。
ジェームズ・ボンドのレシピは演じる俳優によって異なりますが、共通している部分はジンではなくウォッカを使ってシェイク(シェイカーに氷と材料を入れて振る)するということです。
カクテルの作り方だと、皆様はシェイクの方が想像しやすいかもしれません。
同じスパイだが、英国を代表するジェームズ・ボンドとは違うということを示したシーンです。
もう一つ、「ヴェルモットを横目でチラ見しながら」というセリフ。
イギリスの首相だったウィンストン・チャーチルはスーツと同じようにマティーニにもこだわりがあります。
それは、ヴェルモットを入れることなくヴェルモットの瓶を見ながらジンだけで作ったマティーニを飲んだという話があります。
ヴェルモットは甘い飲み口の為、それを嫌っていたというのが理由だとか。
そしてヴェルモットの瓶を見るだけでも甘くなるから横目でチラ見しながら飲んだといいます。
ステアをしているのでジンも多少まろやかになり、ストレートそのままというわけではありませんが我々には理解が及ばない領域です。
そんなイギリスを代表する二人のマティーニ愛好家を意識したシーンでした。
名古屋広小路通り店 鈴木(晴)